仙台−利府とっても短い電車の旅

仙台から利府への旅は、わずか16分の乗車である。岩切までは東北本線を、岩切から先は利府の支線の旅である。
でも、16分の旅はきっと満足できる、不思議な旅であろう。
その旅の一部を紹介する。

仙台 利府への直通電車は、朝は、6:20, 6:39, 7:08, 7:28, 8:07, 8:20, 9:25の7本、夕方から、16:25, 17:08, 17:49(休日運休), 18:13, 19:15, 20:09, 21:17, 22:10の8本で、その間は岩切乗換となる。
仙台駅は1番線から出るのが多いが、6番線を使う場合もあるので、注意したい。
仙台駅の1番線は北斗星など長い客車列車を迎えることができるように、最も長いホームである。
東仙台方向に歩くと、かつて仙石線が地上を走っていたころの、仙石線ホームへの乗換口が残っていることがわかる(現在は通れない)。 01.jpg
現在の仙石線は中央跨線橋の東端からエスカレータで一気に地下コンコースまで行って利用することとなる。
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仙台−東仙台間 仙台駅を発車した電車は、北に向かう。やがて3つのレールとなる。
進行方向左から、東北線下り、東北線上り、そして仙山線のレールだ。
右手には新幹線の高架橋が見える。
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まるでビルの谷間の中を電車はゆっくりと進む。
やがて、仙山線のレールが右の方に離れていき、東北線をまたいで、左の方にのびていく。
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仙山線の次の停車駅は、東照宮である。
すると、右手に仙台近郊の列車の基地「仙台電車区」が見えてくる。ここは電車だけではなく、気動車もおかれていることもある。
運が良ければ、多くのジョイフルトレインや、あるいは電気機関車につながれた仙石線車両を見ることもできるかもしれない。
東北線上りのレールはその電車基地の向こうにある。
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やがて、電車は、「東仙台」に到着するため、スピードを落とす。
すると、右手から新たなレールが合流してくる。これは宮城野貨物駅を通って長町に結んでいる、貨物専用線である。
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電車は「東仙台」駅のホームにすべりこむ。
東仙台 電車は1番線に到着するが、すぐそばに改札口がある。
東仙台は仙台と比べるとずいぶん地味な駅だ。
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運がいいと、JR貨物の列車が東北線よりも海側(1線)を通過する光景を見ることができるかもしれない。
 東仙台−岩切間 東仙台を発車した電車は、まっすぐ北に向かう。
JR貨物専用線があるので、3レールとなっている。
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新幹線の高架橋は右の方に外れていく。
すると、右手に新しくできた「JR貨物仙台機関区」が見える。
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ED75などの電気機関車が数多く駐機している姿が見られるだろう。
長町機関区を廃止して、新たに仙台機関区に移ってきたのである。
夜を知らない仙台機関区を過ぎると、国道4号線の高架橋をくぐる。
すると、右には、大田園地帯が広がる。
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そう。宮城が誇る、宮城米の田園なのだ。
田圃と畑の中を電車はまっすぐ北に走る。
左手遠方には、泉ヶ岳が見える。
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やがて電車はスピードを落としはじめる。
民家が多くなってきた。もうすぐ岩切だ。
七北田川の鉄橋を渡ると、利府支線と東北本線の分岐点、岩切である。
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岩切 芭蕉は奥の細道に「かの畫圖にまかせてたどり行バ、おくの細道の山際に十符の菅有。今も年々十符の菅菰を調て、國守に獻ずと云り。」と書いた。
その「おくの細道」とは、岩切駅からほどちかい、今市橋を渡った東光寺門前付近の川沿いの道である。
十符の菅とは、編み目十筋をもって幅広く編んだ菰の料としての菅で、昔々、この付近で栽培されていたようだ。陸奥の名産品「十符の菅菰」を毎年国守に献上しているということを知って、芭蕉は驚いている様子である。
十符の菅が読まれる句には、
陸奥の十符の菅菰ななふには君をねさせて我みふにねん (詠人不知−夫木和歌抄)
水鳥のつららの枕隙もなしむべさえけらしとふの菅こも (源経信−金葉集)
がある。
芭蕉の同行者、曽良は、名勝備忘録の中で、「仙台より今市村へかヽり、冠川土手を渡り、東光寺の脇を三丁行テ、岩切新田と云村、百姓の裏に、十符の菅アリ。又同所道端の田の脇にもあり。両所ながら垣結廻らし、菅は彼百姓が守となん。」と書いている。
十符の菅は献上品に使うので、それを守ったのであろうか。
奥の細道みやぎ路紀行によると「十符の山ぎわには菅がおびただしくはえ、伊達藩御用達の菅菰を作っていた。源為仲の「見し人も十符の浦かぜ音せぬに」など多くの歌に詠まれ、仙台藩ができるずっと前から都に知られていた。十符は現在の利府。」とある。
芭蕉はこのあと、加右衛門の地図により、塩竈街道にそって塩竈に向かうのである。私たちはここで利府に向かうこととなる。
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 岩切−新利府間 岩切1番線から出た電車は、ゆっくりと左にカーブしていく。
新幹線の高架橋が上に見える。
やがて、左手に、「仙台総合訓練センター」がみえる。みえると言っても、何か小さな駅、閉じたままの踏切など。
そう、運転士の訓練のための施設である。その小さな駅は「広瀬」という駅で、もちろん乗客は乗ってはこないのだ。
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右手には、田園地帯が広がる。
すると、左には巨大な新幹線基地が見えてくる。
そう、ここが東洋一のJR東日本仙台総合新幹線基地なのである。
やまびこ、こまちなどの車両がずらりと並んでいる。
ドクターイエローも至近に見える。
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いやはや壮大な眺めだ。
ふと気が付くと、その新幹線列車の向こうに、宮城スタジアムの屋根が見え隠れする。
もうすぐ、利府なのである。
新利府 新利府。ホームはひとつだ。
右はのどかな田園地帯。左は超近代的な新幹線基地。
その対比に驚かされる。
この新利府駅は元々はJR職員のための駅だったが、一般の人が利用できるように、小さな通路を作ったのである。
だから、大きな通路はJR職員専用で、朝しか開いていない。
新幹線まつり(8月下旬。2001年は8/26に開催される)のときには、ここが最も会場に近い駅となる。
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 新利府−利府間 さ、電車は出発する。
左には新幹線基地の工場が見える。
MAXやまびこが点検清掃のために入庫しているかもしれない。
STAR21も見えるかもしれない。
やがて、電車はゆっくりとスピードを落として、最後の駅に向かう。
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利府 十符の里、利府に到着する。
利府駅は1本のホームしかない。左手に降りることとなる。
なぜ、十符の里というのか。
どうも、利府は、十符(トフ)から転じたという説があるらしい。1000年も前に、十符谷(おそらく岩切に近い谷だと思われる)で菅が作られていたのだ。岩切のところで説明した、十符の菅である。